須山建設株式会社(静岡県浜松市)|総合建設会社

history 須山の歴史

須山建設が法人組織として生まれ変わった1946年(昭和21年)から
現在までの歴史を時代の流れに沿ってご紹介します。

創業~1960年代

須山建設の礎を築く

創業当初は決して順調な滑り出しとは言えるものではありませんでしたが、昭和13年日本軽金属蒲原工場建設の土木工事を請け負ったことが転機となりました。 土木工事だけでも当時の浜松市で使われる土木工事予算に匹敵する額でありそれだけ規模が大きい工事であったため、借財からの出発ではありましたが、この工事によって立ち直ることができました。 そして戦後、軽金属蒲原工場工事の実績により、舞阪防潮堤工事という大きな仕事がはいってきました。

創業~1960年代

1905年(明治38年) 4月10日

須山暢吉、神久呂にて土木工事業を創業

1946年(昭和21年)12月28日

法人組織に変更され、株式会社須山組が誕生

1946年(昭和21年)12月28日

1949年(昭和24年)

建設業法による静岡県知事登録

1951年(昭和26年)

地元業者で初めて鉄筋コンクリート建築を行う

1954年(昭和29年)

浜松で初のブルドーザーを購入する

1954年(昭和29年)

1958年(昭和33年)

アスファルトプラントを設置

1959年(昭和34年)

本社社屋を建設
社宅を建設

1960年(昭和35年)

建設業法による建設大臣登録
名古屋支店を開設

1961年(昭和36年)

関連会社浜松生コン株式会社を設立

1961年(昭和36年)

1963年(昭和38年)

新社章を定める

1965年(昭和40年)

社内報「えいざん」が創刊される

1966年(昭和41年) 11月1日

豊橋支店開設

1969年(昭和44年)

保養施設海の家「須山荘」を建設
アスファルトプラントを更新

1970年代

一生懸命が報われると信じて働いた誕生の頃

1972年(昭和47年)東名高速道路浜松西インターチェンジの工事が始まりました。県内で高速道路工事を請け負ったのは須山が最初でした。 高度経済成長期であったこの時代に民間、公共ともに多くの工事を請負、これまで以上に実績と信頼を積み上げていきました。

1970年代

1970年(昭和45年)

独身寮を建設
電算機を導入
須山不動産株式会社を設立

1971年(昭和46年) 5月1日

資本金1億円に増資

1973年(昭和48年)

須山建設株式会社に商号変更
静岡県大東町に須山建設東遠支店を開設
オフィスコンピューターを導入

1973年(昭和48年) 7月17日

東遠支店開設

1973年(昭和48年)10月27日

商号を変更し、須山建設株式会社とする

1975年(昭和50年)

第1回須山建設株式会社安全大会を開催
須山建設東京支店を開設

1977年(昭和52年)

須山建設株式会社安全衛生協力会設立

1978年(昭和53年)

第1回須山建設グループ技術研究発表会を開催

1978年(昭和53年)

1980年代

一丸となって走り続けた80年代

1965年(昭和40年)から約20年間にわたり、数多くの築造工事を施工させていただいた浜松市中部浄化センター。当時、大手業者でも施工が困難であった最先端技術工法の、連続地中壁工法やアースアンカー工法を成し遂げました。大型の土木構造物のさきがけであったと同時に、成長の地盤をつくった仕事でもありました。

1980年代

1980年(昭和55年)

完工高100億円を突破
改善提案制度がスタート

1981年(昭和56年)

スヤマリース株式会社を設立

1982年(昭和57年)

浜松ホーム株式会社を設立
須山不動産株式会社の新社屋完成

1983年(昭和58年)

スヤマビルドサービス株式会社を設立

1985年(昭和60年)

アサヒエンジニアリング株式会社を設立
西部合材リサイクルセンター協同組合を設立

1986年(昭和61年)

完工高150億円を達成
パブリックメンテナンス株式会社を設立
浜松ホーム株式会社を東海中央ホーム株式会社に商号変更

1986年(昭和61年)

1986年(昭和61年)11月28日

資本金1億5,000万円に増資

1987年(昭和62年)

パブリックメンテナンス株式会社をパブリック技建株式会社に商号変更

1989年(平成1年)

須山グループの研究機関、株式会社エフ・エイ・システム研究所を設立

1990年代

創業の精神は受け継がれる

須山が継続して取り組んできた佐鳴湖浄化工事は1990年から佐鳴湖浚渫工事に乗りだし本格化しました。浚渫工事に限らず佐鳴湖の再生事業に向けて、須山は広く水辺の有効利用、水性植物による水質改善を利用した水辺の復元整備など自然環境のパイオニアとしての大きな役割を果たしていきます。

1990年代

1991年(平成3年)

完工高200億円を達成
全社員を対象としたパソコン教室を開始

1992年(平成4年)

浚渫船を新造する
須山不動産株式会社を株式会社アライブに商号変更
建設の熟練工を自社育成することを目標に新職種トータルビルダー制度を導入

1993年(平成5年)

エフ・エイ・システム研究所の社屋が浜松市新都田のテクノポリス内に完成

1993年(平成5年)

1995年(平成7年)

エフ・エイ・システム研究所の社屋が浜松市都市景観賞の大賞に選ばれる

1996年(平成8年)

会社設立50周年を迎える

1996年(平成8年)12月28日

須山建設株式会社、会社設立50周年を迎える

1997年(平成9年)

マンション事業部ISO9001取得

1997年(平成9年)12月24日

マンション事業部 IS09001取得

1998年(平成10年)

全社ISO9001取得

1999年(平成11年)

資本金2億1000万円に増資

1999年(平成11年)

ISO14001取得

2000年代~

時代の変革とともに成長を続ける

2001年には須山建設本社が免震構造の社屋に建て替えられ新たな時代を新しい社屋で迎えました。東日本大震災後には関連工事として遠州浜防潮堤工事を施工しました。また、将来を見据えクリーンエネルギーとして太陽光発電事業を手がけ、きたる高齢化社会に向けサービス付高齢者向け住宅の建設・運営を始めました。さらに日本初の西遠浄化センターのコンセッション事業やPFIなど新しい事業形態に挑戦しました。

2000年代~現在

2001年(平成13年)

西部合材リサイクルセンター施設完成
スヤマリース株式会社を株式会社サイトに商号変更

2001年(平成13年)

新社屋完成 2001年(平成13年)

2009年(平成21年)

株式会社フレームアーツ構造設計事務所を設立

2011年(平成23年)

資本金2億2000万円に増資
株式会社バイ・スティックケアサービスを設立

2012年(平成24年)

株式会社フレームアーツ構造設計事務所を株式会社フレームアーツに商号変更

2013年(平成25年)

太陽光発電事業開始

2015年(平成27年)

浜松新電力に資本参加

2015年(平成27年)

「経営品質」導入・研修スタート

2017年(平成29年)

三栄低温工業株式会社 グループに加入

2018年(平成30年)

浜松市下水道コンセッション事業に参画

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